もうひとつの部屋

gooから来ました(^^) 昔々の、個人的な記憶です。

「あ、これしよう!」って思いたい


自分の内部で「何らかの変化」が起きて以来
モノの見え方が変わった。

感じ方が変わった結果
気持ちの動き方も当然変わった。


「あ、これしよう!」って思うとき
それは些細なコトばかりだけど
なんだかうれしい。 


「しなきゃいけない」コトなんて
もうそんなにないんだ…って。

モロモロの義務も、雑用も
今のアタマじゃ出来そうにない。

「生産的」なコトはもう無理…と思う。



家族があまり好きじゃないモノは
買わない習慣になっていたけど…

たとえば「庭に生ったような」柿を
小さな良心市で買う。

道端の無人の農産物売り場。
「どれも一袋百円」だったり。


そして思う。

「そういえば、わたし
柿キライじゃなかったんだ」…とか。



でも、本当は

「今日は何もしなくていい」

っていう日が好き。

そう!大好き。いちばん好き!


ほんとは何もしたくない。

何もせずにいて
でも、ぜんぜん苦しくなくて

穏やかな気持ちで

「あ、きょうはこれだけしよう」


毎日そんなふうにしていられたら
いつか自分の暮らし方が
自然に出来てきそうな気がする。



でも実際は「そうは問屋が卸さない」?


いいことも、悪いコトも
起きるときは起きる。


今の平穏はそう続かない。
こころのどこかで、もうわかってる。


そのときはそのときで
自分に出来ることをするだけ。

でも、わたしにできることなんて
そのときあるだろうか…とも思う。


まあ、取り越し苦労ばっかしてても
しかたないよね(^^;