もうひとつの部屋

gooから来ました(^^) 昔々の、個人的な記憶です。

「サンパチの豪雪」を思い出させる映像が続いて…

 

今回の大寒波・大雪のニュースを見かけるたび
こどもの頃に体験した「大雪」の記憶が
アタマを過ぎります。

そのときのことを、母は「三八の豪雪」と
呼んでいました。
昭38年1月の出来事(災害)です。


一晩で「外が見えなくなった」つまり
「一階が雪で埋まってしまった」のは
このときだけしか知らないんじゃないかなあ。

当時は、冬は積雪3mという土地に住んでいて
小さな盆地に、吹き溜まりのように
雪が降り積もるのは当たり前だからと
オトナたちは言っていましたが…

一晩で1m屋根に積もると
おろしたばかりの「屋根雪」を
早々にもう一度おろすことになります。

自分の家だけではなく
親戚などの他所の家にも
手伝いに行かないといけない。

「おたがいさま」で人手をやりくりして…


きっと大人の人たちは大変だっただろうと
気づいたのは、もう少し後の話。

こどもは(たぶん)「なんだか特別の冬」
と感じていただけだったかも。

お向かいの仕立屋さんは
2階から出入りしているし…

そもそも1階がきれいに埋まるほど降ると
家の前をなんとか空けようとするだけでも
雪の捨て場がだんだんなくなってきて…

車が通れるほどの幅のある道路でも
真ん中に辛うじて残った細い通り道を
上がったり下りたり…としながら
歩くことになります。

高い所は2階レベルで、その両側には
さらに高い雪の壁とか山とかがあって。

電線がすぐ近くにあって
電信柱はアタマだけ出してて…


…… などということを
書き出すとキリがありません。


わたしはもう70を過ぎましたが
あのときのことは鮮やかに記憶に
残っているのです。

こどもの目には、「そのとき初めて見た」
という光景が多くて「特別な冬」
だったのでしょう。


1か月の間に(物資の不足で)
給食はお味噌汁だけになって
そのうち、それも出せなくなって…

学校の行き帰りが危ないというので
(屋根雪を下ろしてるところは特に)
いつも以上に集団登校でも注意されて…

「交通がトゼツしてるんだって」と
友だちに言われて、まもなく
自衛隊が来た!」

ブルドーザーが除雪するのを
見たのも初めて。

こども心にも「機械はスゴイ!」と
思いました。

(わたしの自衛隊のイメージは
今もこのときのままかも(^^;)


やがて「捨て場」に困った雪は
学校の校庭に積み上げられるようになり
土に汚れて、全く白くなくなった雪の迷路?で
休み時間に遊んでいたら、先生がとんでこられて
「休み時間に校庭に出るのは禁止!」
となってしまったり… などなどなど。


こどもだったわたしにとっては
記録に残る「豪雪」も、どこかで
「ドキドキする体験」つまり
日々の遊びの延長?だったのを
こうして書いていて、改めて感じます。


不思議なことに、当時はオトナたちも
そこまでギスギスして見えなかった…
ということもあるのかもしれません。


TVにはわたしがこども時代を過ごした
町の映像も出ていました。

今は家も土地も処分して
ほとんど縁もゆかりもないような場所ですが
あの時を思い出させる大雪風景で…

もうこの世では会うことのない人たちのことも
思い出されて、なんともいえない気持ちになりました。

でも……



今回の「大寒波」が早く収まるのを
わたしは本気で祈っています。

そもそも雪はこれからが本番…という時季
ということもわかっているので、余計に。



雪の降る地方に居られる方々に
お見舞い申し上げます。

早く寒波が去りますように。

大きな寒波が繰り返しませんように。

わたしなどが言っても仕方ありませんが
それでも思わずに、言わずに、いられません。